大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和47年(ワ)8449号 判決

原告 芝田稔

右訴訟代理人弁護士 品田四郎

被告 芝信用金庫

右訴訟代理人弁護士 米津稜威雄

同 長嶋憲一

同 麦田浩一郎

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告

1.被告は、原告に対し、一五一万円およびこれに対する昭和四七年一〇月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2.訴訟費用は被告の負担とする。

3.仮執行の宣言。

二、被告

主文同旨。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1.原告は、東京電波工業株式会社(以下東京電波という)振出にかかる次の二通の約束手形の所持人である。

(一)(1)金額 一五一万円、(2)満期 昭和四七年四月二〇日、(3)振出日 昭和四六年一二月二八日、(4)支払地および振出地 東京都目黒区、(5)支払場所 被告西小山支店、(6)受取人 原告。(以下(一)の手形と称する。)

(二)(1)金額 一〇〇万円、(2)満期 昭和四七年五月三一日、(6)振出日 昭和四六年一二月二一日、(4)ないし(6)は(一)に同じ。(以下(二)の手形と称する。)

2.原告は、右各手形を、支払期日に、支払場所において、支払のため呈示したが、支払を拒絶されたので、昭和四七年六月五日、振出人の東京電波を相手方(被告)として、東京地方裁判所に右各約束手形金請求の訴を提起(同庁昭和四七年(手ワ)第一一七六号約束手形金請求事件)し、同年七月二七日原告勝訴の判決言渡を受け、右判決は確定した。

3.これより先、東京電波は、(一)の手形の不渡処分を免れるため、財団法人東京銀行協会に提供する目的で、一五一万円を支払銀行である被告に預託したので、原告は、昭和四七年五月一五日、東京地方裁判所に、東京電波を相手方(被申請人)として、右(一)の手形金債権を保全するため、同社の被告に対する右一五一万円の預託金返還請求権につき仮差押命令を申請(同庁昭和四七年(ヨ)第三一八九号債権仮差押申請事件)して、その旨の債権仮差押決定を受け、該仮差押決定は、同年五月一七日第三債務者被告に、同年六月三〇日債務者東京電波にそれぞれ送達された。

4.次いで、原告は、昭和四七年八月二一日、東京地方裁判所に、東京電波を相手方として、2項掲記の確定判決に基づき、東京電波の被告に対する右預託金返還請求権につき債権差押および転付命令を申請(同庁昭和四七年(ル)第三一三〇号債権差押および転付命令申請事件)して、その旨の命令を受け、右命令は、同月二四日第三債務者被告に、同月二九日債務者東京電波にそれぞれ送達された。

5.よって、原告は、被告に対し、右預託金一五一万円およびこれに対する訴状送達の翌日である昭和四七年一〇月二一日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する認否

1.請求原因1項の事実は知らない。

2.同2項の事実中原告主張の各手形が不渡となったことは認めるが、その余の事実は知らない。

3.同3、4項の事実中仮差押決定および債権差押および転付命令が東京電波に送達されたことは知らないが、その余の事実は認める。

三、抗弁

1.被告は、昭和四三年一一月三〇日、東京電波との間で信用金庫取引契約を締結し、その際、東京電波に対する仮差押申立がなされたとき、または、東京電波が東京手形交換所の取引停止処分を受けたときは、東京電波の被告に対する一切の債務は、被告からの通知、催告を要せずして当然に期限の利益を喪失し、東京電波は、被告から割引を受けた手形全部につき当然に額面額で買戻債務を負担し、被告は、いつでも、被告の東京電波に対する債権と、同社が被告に対して有する債権とを対当額で相殺できる旨特約した。

2.被告は、右信用金庫取引契約に基づき、東京電波から次の約束手形二通を、前者については昭和四六年一二月一五日、後者については昭和四七年三月三日それぞれ割引いた。

(一)(1)金額 二五七万〇、五〇〇円、(2)満期 昭和四七年五月二八日、(3)振出日 昭和四六年一二月一四日、(4)支払場所 東京都商工信用金庫本店営業部、(5)支払地および振出地 東京都中央区、(6)振出人 フタバ産業株式会社、(7)受取人 東京電波。(以下(三)の手形と称する。)

(二)(1)金額 二一一万四、六〇〇円、(2)満期 昭和四七年七月一五日、(3)振出日 昭和四七年二月二九日、(4)支払場所 株式会社第一勧業銀行室町支店、(5)ないし(7)は(一)に同じ。(以下(四)の手形と称する。)

3.ところが、東京電波は、昭和四七年五月一五日、原告から請求原因3項記載の仮差押の申立をなされ、次いで、同月三〇日、東京手形交換所の取引停止処分を受けたので、右五月一五日、遅くとも五月三〇日には、前項の各約束手形につき、被告に対し、買戻債務を負担するに至った。

4.そこで、被告は、原告に対し、昭和四七年八月二五日到達した同月二二日付相殺通知をもって、東京電波の被告に対する前記一五一万円の預託金返還請求権と、被告の東京電波に対する(三)の手形金内金八九万五、四〇〇円および(四)の手形金内金六二万四、六〇〇円の各買戻請求権とを対当額で相殺する旨の意思表示をなした。

5.したがって、原告の被告に対する本訴請求の被転付債権は、右相殺により消滅した。

四、抗弁に対する認否

1.抗弁1、2項の事実は知らない。

2.同3項の事実中仮差押の申立がなされたことは認めるが、その余の事実は知らない。

3.同4項の事実中被告主張のような相殺通知を受けたことは認める。しかし、右通知は、八月二二日に相殺した旨の通知であり、右通知は、本件債権差押および転付命令が被告に送達された翌日である八月二五日に発送され、原告に到達したのは同月二八日である。

五、再抗弁

1.手形の不渡異議申立手続の委託に伴う預託金は、預託者に十分な支払能力があり、手形の不渡が預託者の信用に関しないことを立証させる方法である。被告は、本件(三)、(四)の各手形割引の際東京電波から取得した担保権を有するのに、これを行使しないで、自ら手形債務者の支払能力担保のために提供を受けた預託金を、自己の債権の取立に相殺の名目で充当することは預託金制度の信用を害するものであり、被告のなした本件相殺は、権利の濫用として許されない。

2.また、原告の申請による東京電波の被告に対する本件預託金返還請求権についての債権仮差押命令が、被告に送達されたのは昭和四七年五月一七日であるところ、東京電波の取引停止処分の日は同月三〇日であって、右処分により、右預託金返還請求権の弁済期は到来した。しかるに、本件(四)の手形の満期は昭和四七年七月一五日であって、右預託金の弁済期より後に到来するものであるから、右(四)の手形金債権による相殺は許されない。

六、再抗弁に対する反論

1.手形の不渡異議申立手続の委託に伴う預託金は、現行手形交換制度の下では、当該手形債権者とは無関係に、手形債務者の支払能力がないためではなく、法律上支払義務がないことの証明とし、かつ、同時に異議申立の濫用を防ぐために提供、預託されるものであり、当該不渡手形の手形金請求権の担保となるものではない。また、債権者が数個の債権回収手段を有するときに、そのいずれを選択するかは債権者の自由であり、本件においては、事実上、本件預託金以外には回収の手段もなかった。

2.さらに、抗弁で先述したとおり、東京電波は、昭和四七年五月一五日債権仮差押の申立を受け、次いで、同月三〇日取引停止処分を受けているから、右五月一五日には、(三)、(四)の手形につき各額面額による買戻債務を負担しているのであって、預託金返還債務より右手形買戻債務(自働債権)について先に弁済期が到来している。

仮に、(三)、(四)の手形の手形金債務の弁済期が、本件預託金返還債務の弁済期に遅れるとしても、両者の弁済期が到来した後に相殺をなすことは当然に許容されるものである。

第三証拠〈省略〉

理由

一、いずれも成立に争いのない甲第一号証の一、二、甲第二号証、乙第六号証の一、二、証人小村郁央の証言により真正に成立したと認める乙第二、三号証、官公署作成部分の成立には争いがなく、その余の部分は右証人小村の証言により真正に成立したと認める乙第七号証および証人小村郁央の証言により認められる事実ならびに当事者間に争いのない事実によれば、本件事実関係は次のとおりである。

1.原告は、昭和四七年五月一五日、本件(二)の手形金一五一万円の債権を被保全権利として、先に右手形の振出人である東京電波が、その不渡処分を免れるために、社団法人東京銀行協会に預託する目的で、支払銀行である被告(西小山支店)に預託した預託金一五一万円の返還請求権につき仮差押命令の申請(東京地方裁判所昭和四七年(ヨ)第三一八九号債権仮差押申請事件)をなして、その旨の決定を受け、右仮差押決定正本は、同月一七日被告に送達された。

2.次いで、原告は、東京電波を相手方(被告)として、本件(一)、(二)の手形金請求のため提起した訴訟(東京地方裁判所昭和四七年(手ワ)第一一七六号約束手形金請求事件)において、昭和四七年七月二七日言渡された原告勝訴の確定判決に基づき、同年八月二一日、前記仮差押にかわる預託金返還請求権につき債権差押および転付命令の申請(東京地方裁判所昭和四七年(ル)第三一三〇号債権差押および転付命令申請事件)をなして、その旨の命令を受け、右命令正本は、同月二四日第三債務者の被告に、同月二九日債務者東京電波にそれぞれ送達された。

3.これに対し、被告は、東京電波に対しては昭和四七年八月二三日付、原告に対しては同月二五日付各内容証明郵便で、被告が先に東京電波から割引いた本件(三)、(四)の手形金債権の各内金債権と前記一五一万円の預託金返還請求権とをもって、同月二二日、対当額で相殺した旨の相殺通知をなし、右書面は、東京電波にはその頃、原告には同月二六日到達した。

二、以上の事実関係の下で、原告は、まず、相殺権の濫用を主張するが、手形の不渡異議申立手続において要求される不渡手形金相当の異議申立提供金は、これをもって、手形債務者に支払の資力があり、不渡がその信用に関しないものであることを明らかにさせ、併せて取引停止処分を回避するために異議申立が濫用されることを防止しようとするにあるのであって、当該不渡手形債権の支払を担保するために提供されるものではないと解すべきであるから、右異議申立手続を委託した手形債務者から、右異議申立提供金に見合う資金として支払銀行に交付される預託金の返還債務について、これを他の一般債務と区別し、支払銀行が手形債務者に対して有する反対債権をもって相殺することが、手形債権者との関係から制限されるべき理由はないものというべきであり、他に被告のなした相殺が権利の濫用に当ると認めるべき特段の事情の存することにつき、何らの主張立証のない本件においては、原告の権利濫用の主張は採用できない。

三、次に、原告は、第三債務者である被告の東京電波に対する本件(四)の手形金債権の弁済期は、本件被転付債権たる一五三万円の預託金返還請求権の弁済期たる昭和四五年五月三〇日以降に到来する関係にあるので、右手形金債権をもってする相殺は許されない旨主張するが、右預託金返還請求権の履行期は、原告主張の取引停止処分のときではなく、その後に支払銀行たる被告が現実に提供金の返還を受けたとき(本件では、その日時は詳らかではないが、原告主張の昭和四七年五月三〇日以降であることは疑いない。)に到来するものと解すべきところ、前掲証人小村の証言およびこれにより真正に成立したと認める乙第一号証によれば、本件(四)の手形の割引は、昭和四三年一一月三〇日被告と東京電波間に締結された信用金庫取引契約に基づいてなされたものであり、右契約によれば、東京電波に対し、仮差押の申立がなされたときは、右契約に基づく同社の被告に対する一切の債務、したがって、右(四)の手形の買戻債務についても、当然に期限の利益を失う旨の特約がなされていることが認められるから、東京電波の被告に対する右(四)の手形金債務も、前記のとおり、原告が東京電波に対し、本件(一)の手形金債権に基づく債権仮差押申請をなした昭和四七年五月一五日に、すでに弁済期は到来したものと解すべきであって、原告の右主張もまた採用できない。

したがって、原告の被告に対する本訴請求債権は前記相殺の意思表示により消滅に帰したものと認めるべきである。

四、よって、原告の本訴請求は理由がないので、これを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 落合威)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例